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烏野猛

Author:烏野猛
介護事故裁判やリスクマネジメントの講演には定評があり、これからの社会保障や、社会福祉をめぐる「年金」「医療」「介護」の将来予測については、全国からの講演依頼があとを絶たない若手研究者。
2000年の介護保険制度導入後、介護業界での規制緩和に対抗するスタイルで福祉リスクマネジメント研究所を設立。「社会保障法」「社会福祉法制」の専門家であり、「福祉・介護」と「法律」の両方がわかる研究者。

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取り成す人がいなかったばかりの悲劇…

横綱の日馬富士が今回の暴行事件を受けて、協会からの処分が下される前に引退すると発表しました。
私は相撲ファンではありませんが、今回の彼の判断は天晴れだったと思っています。

彼にとってみれば、たった一回(表に出た部分では)の失敗で、すべてを失ったことは、一生悔いが残る思い出になるんでしょうね。
彼だけでなくとも、我々であったとしても、たった一回の出来心による失態で、すべての信頼を失う、ということを思い出させてくれました。

法律を教えている私が言うのもなんですが、人は「あーしたら、こうなる。こうなったら、結果、あーなる。」といったように、理路整然とした聖人君主のような行動や行き方はそうそうしていないわけです。

以前にも、ブログで格言を書かせていただきましたが、
「物事には、言うたらアカンことと、言うたらアカン相手がいて、そして引かなアカン時と、詰めなアカン時がある。これが分からず、これと逆のことをすると、必ず自滅する。」
というものがあります。

ただ、自滅する前に、相手方がどう寛容な姿勢で和解に応じるのか、助け舟を出すのか、このあたりがまた難しいところです。
甘いジャッジであったが由に、同じ悪事をまた繰り返し、取り返しがつかない事態になる場合もありますし、正論を突き進み、厳しい選択を相手に取らせてしまったばかりに、逆に恨みを買い、怨念となって足元をすくいにかかられる場合もあります。

自分がとった寛容な姿勢が、相手に寛容と受け取られるかどうかも、知る術はありません。
よくできた仲介者や第三者が、互いの間に入って、それぞれに損得を説きつつ、それぞれの行動が、相手にとっても思っていたような行動であるよう、取り成してくれる人がいる、というのがベストなんでしょうね。

今回の横綱をめぐる争いでは、もちろん善悪は決まっているものの、最終的な落としどころにいたる仲介者が不在なままだったのが、悔やまれるところですね。

来年は、この「取り成す人」をめざして頑張りたいと思っています。