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烏野猛

Author:烏野猛
介護事故裁判やリスクマネジメントの講演には定評があり、これからの社会保障や、社会福祉をめぐる「年金」「医療」「介護」の将来予測については、全国からの講演依頼があとを絶たない若手研究者。
2000年の介護保険制度導入後、介護業界での規制緩和に対抗するスタイルで福祉リスクマネジメント研究所を設立。「社会保障法」「社会福祉法制」の専門家であり、「福祉・介護」と「法律」の両方がわかる研究者。

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国とは誰なのか…

今日は、滋賀県長浜市で、お世話になっているNPO法人さんが、古民家を改修し、新たな事業を立ち上げるための開所式に参加してきました。

その式で改めて考えさせられたのですが、よく、「公助」「共助」「私助」という言葉を以前から耳にします。
介護保険の取り扱い事業所については、公的介護保険制度のもと事業を行っていますから、社会保険制度での生業という意味では、「共助」に位置づけられるでしょう。

では、「公助」とは、税金ですべて賄うシステムのことです。
となると、「国の責任」といった場合、すべて税金で責任を取る、というように考えられるのでしょう。

今月は、東日本大震災からまる7年、8回忌の巡礼に出かけてきました。
私自身、社会福祉・社会保障関連の裁判から、法的視点と福祉的視点を融合させる研究を細々とやっている者ですが、福島第一原発がらみで、避難した人たちが集団で起こした訴訟は、30件以上あり、私も調査を進めています。
結果、被告が国となった裁判では、ことごとく国は負けているわけです。

国側の主張としては、「-この責任は東京電力にあり、国にはない…」というものですが、裁判所は「-あの地震によって、津波は予見でき、国が適切に対応していたならば、事故は未然に防げた…」という判断をしています。

東北を中心とした津波による被害、その補償を含め、主に裁判から「災害」と「予見」について調べてきたわけですが、個人的に言いって、あの地震による津波は、誰も想定できず、原発事故についても予見することなど誰もできなかったと思っています。

地震に伴う津波の襲来を予見できていたか否かではなく、被災直後から数日、数週間、数カ月にわたる事後的対応がどうであったのか、という視点での責任の方が重いと感じています。

国の責任、と言ってしまうことはたやすいことです。
ですが、「国とは誰なのか…」、総理大臣をもって国とするわけではありません。
すべて集合体なわけです。その集合体とは、我々日本人全員が「国」ということになるわけです。
裁判でも国が敗訴した場合、その賠償は、私たちが納めている税金から支払われるのですから、まさにそうでしょう。

明日からの新年度、私たちの暮らしの中でも、さまざまな費用がアップというかたちで家計にのしかかりそうです。
そうした費用を原資として、国が成り立っているとするならば、責任についても、国、家族、個人を含め、誰かのせいにするのではなく、私としての「精神」を強く鍛え続けながら、ある意味での覚悟をもった「私」の構築が必要なように思えてなりません。